走ることとは何か?速く走ればそれでいいのか?「風が強く吹いている」

読書レビュー

走る目的とは一体何でしょうか?

健康維持を目的として走ることも、マラソン大会で自分の持っている記録を更新するために走ることもあるかと思います。

後者の場合、多くのランナーは、大会でより速く走るために試行錯誤します。

僕もその一人です。

しかし、ただ速く走ることだけを追求すればいいのでしょうか?

三浦しをん著「風が強く吹いている」を読むことで、走ることについての意味や価値観というものを考えるきっかけになると思います。

こんな方におすすめ

・駅伝やマラソンが好きな方orランナーの方(特に走り始めたばかりの方)
 ランナーの方は自分自身に当てはめて読めると思います。
・泣きたい方、笑いたい方

 主に電車の中で読んでいた僕は涙のほか、笑いも何度我慢したことか。
 正直、家で思いっきり読めばよかったと後悔しています。
・ドキドキ、ハラハラしたい方
 強豪校との激しく競り合う試合の描写は、手に汗握るほど物語に入り込むと思います。
・胸を熱くさせる青春小説を探してる方
 青春小説の金字塔です。
 文庫本で約660ページとややボリュームはありますが、駆け抜けるように読み終えてしまいます。

どんな物語?(あらすじ)

陸上経験の浅い寄せ集めの大学生10人が1年間で箱根駅伝の頂点を目指す青春小説です。

寛政大学4年の清瀬灰二が格安学生寮「竹青荘(通称:アオタケ)」の新入生歓迎会の中で、

寮の住人らに一緒に箱根駅伝に出場し、頂点を目指そうと提案します。

清瀬以外の住人は知らなかったのですが、

このアオタケは、寛政大学の「陸上競技部錬成所」であり、

住人は入居と同時に陸上部に登録されるのでした。

なお、寛政大学は陸上界で無名の大学です。

自分達が陸上部員であることをはじめて知った9人は、

清瀬の一方的な宣言に反発するものの、

これまで清瀬の世話になってきたこと、断った場合にアオタケを出なければならないことなど、

それぞれの理由で全員がしぶしぶ参加することになります。

とはいえ、大半のアオタケ住人は、陸上経験が乏しく、ほとんど一から鍛え上げることになります。

清瀬率いる寛政大学駅伝メンバーが走る上で追求する「強さ」とは何なのか、

そして箱根駅伝の「頂点」とは何なのか、個性豊かな10人が教えてくれます。

主な登場人物

登場人物の名前・学年・あだ名・キャラクターを簡単に紹介します。

清瀬灰二(4年生:清瀬orハイジ)
寛政大学・駅伝チームのキャプテンで、

アオタケでの食事準備や掃除をはじめとする様々な雑務から

トレーニングメニューの考案、試合中のメンバーに対する指示まで

監督の役割も担っています。

高校時代には島根県にある名門の高校陸上部に所属し、

優れた長距離走者でしたが、右膝を剥離骨折したため陸上界から離れていました。

しかし、大学生活最後の年に蔵原走という逸材を半ば強引に勧誘することに成功し、

さらに箱根駅伝出場に必要な人数が揃ったため、

陸上界で再び走ることを決意します。

いつも冷静にチームメイトやチームを適確に分析しており、

強権的なところがありながらも時に見せる”らしくない”ところが笑えます。

蔵原走(1年生:カケル)
寛政大学・陸上部のエースです。

高校時代には5000mが13分54秒32という驚異的な記録を持つ選手で、

将来を期待されていましたが、陸上部内で暴力沙汰を起こしたことでを退部します。

高校卒業後は上京して陸上では無名の寛政大学に入学しました。

清瀬と出会い、チームメイトと共に箱根駅伝を目指すことで、

次第に走ることに対する価値観が変わります。

とりわけ、走が速さを追求することを第一に考えすぎた結果、

記録が伸びないチームメイトを批判し、周りが見えなくなるシーンでは、

走ることの意味や価値観は人によって違うことを清瀬に説教されます。

長距離走者としても人間としても成長していく過程が読み応えあります。

なお、物語の前半部分は走目線で話が進みます。

平田彰宏(3年生:ニコチャン)
2年浪人、2回留年しているため、年齢はアオタケ内で最年長の25歳です。

理系の学生であり、エンジニアとしてアルバイトをして学費と生活費を稼いでいます。

高校時代は陸上部に所属し、長距離走者でしたが、

自身の限界を感じて卒業後は陸上を辞めました。

ヘビースモーカーであることから、

たばこの葉に含まれる物質「ニコチン」にちなんで「ニコチャン」などと呼ばれています。

最年長だけあって、その存在がチームを目立たないところで支えている感があります。

タバコをやめて陸上の世界に舞い戻り、走る楽しさをもう一度体感します。

岩倉雪彦(4年生:ユキ)
メガネに色白という典型的な頭良さそうな外見どおり、

在学中に司法試験に合格した秀才です。

データに基づく分析に優れています。

陸上経験はないですが、高校時代は剣道部であったこともあり、

足腰がしっかりしていることが後の試合で生きてきます。

母子家庭に育ったユキは、母親が再婚したことで家にいずらくなり、

大学入学を期に上京した過去を持ちますが、母親思いの優しい一面があります。

坂口洋平(4年生:キング)
テレビのクイズ番組が大好きで、出された問題になんでも回答する雑学王です。

高校時代はサッカー部でしたが、長距離走は経験がありません。

就職活動がうまくいっていなかったキングは、

箱根駅伝へ出場すると就活が有利になると説得されたため、

清瀬の箱根を目指すという提案に乗っかります。

一見明るい性格でありながら、

アオタケの住人に対してちょっとした疎外感を感じていることなど、

繊細な一面も持っています。

杉山高志(3年生・神童)
協調性があり、清瀬の代わりに陸上部の雑務をこなします。

地方の田舎出身で通学のために何キロも山道を歩いていたことから、

陸上経験がないながらも体力があり、足腰がしっかりしています。

「神童」というあだ名は、人口の少ない地元で何をやっても一番だったことに由来しています。

ムサ・カマラ(2年:ムサ)
アフリカ出身の留学生ですが、国費留学生のため陸上経験はありません。

ただし、清瀬の箱根駅伝を目指す計画には当初から前向きに参加し、

チームの中でもグングン記録を伸ばしていきます。

丁寧な日本語を流暢に話し、穏やかで優しい性格です。

いつもわからない日本語を教えてもらっている神童と仲良しです。

柏崎茜(2年生:王子)
漫画オタクで、部屋は漫画で埋め尽くされています。

イケメンであることからあだ名が「王子」となっています。

中学・高校生時代に運動部に所属していたわけでないため、

メンバーの中では長距離走者としてのポテンシャルが最も低く、タイムも一番遅いです。

とはいえ、コツコツと努力を続け、ハードな練習にも耐え、

最後まで諦めない姿勢には心打たれます。

城太郎(1年生:ジョータ)
高校時代はサッカー部に所属しており、アオタケでは双子の弟ジョージと相部屋です。

イケメンで天真爛漫な明るい性格であり、

客観的に物事を考えることができる一面もあります。

女の子が大好きなのですが、女の子の気持ちには鈍感だったりします。

城次郎(1年生:ジョージ)
双子の兄ジョータと同じく高校時代はサッカー部に所属しており、

陸上経験はないですが優れた長距離走者としての高いポテンシャルを秘めています。

ジョータと同じく明るく無邪気な性格であり、女の子の気持ちには鈍感です。

同級生の走とはたまに喧嘩をしますが、走ることに関しては走を尊敬しています。

勝田葉菜子(1年生:勝田さんor葉菜子)
アオタケの夕食の食材を調達する八百屋「八百勝」の娘で、

アオタケメンバーのマネージャー兼ヒロイン的存在です。

密かに双子(ジョータ・ジョージ)の両方に想いを寄せています。

藤岡一真(4年生:藤岡)
名門・六道大学陸上部のキャプテンで、

大学長距離界で最速の男であり、

清瀬とは高校時代に同じ陸上部のチームメイトでした。

王者に相応しい人格の持ち主で、走の良きライバルになります。

榊浩介(1年生:サカキ)
強豪・東京体育大学の陸上部員で、

走とは高校時代に同じ陸上部のチームメイトでした。

走が暴力事件を起こしたことで高校最後の試合に出場できなかったことを恨んでいます。

走が陸上に復帰したことを知った榊は、

走とアオタケのメンバーに嫌味を言ったり、挑発を行ったりするなど、

寛政大学の敵としていい味を出しています。

田崎源一郎(タザキゲンイチロウ)
アオタケの大家で、寛政大学・駅伝チームの監督ですが、実際は愛すべきポンコツです。

作品がさらに面白くなる予備知識

そもそも駅伝って何?マラソンと何が違うの?

◯ 駅伝は、複数人が決められた距離をリレー形式で走り、そのタイムを競います。【チーム戦】

◯ マラソンは、1人で決められた距離を走ってタイムを競います。【個人戦】
 マラソンには、次のような種類があります。
  ・フルマラソン(42.195km)
  ・ハーフマラソン(21.0975km)
  ・ウルトラマラソン(71kmや100km)
  ・トレイルランニング大会(山を走る。距離は大会次第)

ちなみに最近では、リレーマラソンというものもあります。【チーム戦】
 これは、大会によりルールが異なりますが、
 例えば42.195kmをリレー形式で走ってそのタイムを競ったり、
 1周約1.5kmや3kmのコースを交代で走り続けて決められた時間内に何周走れるかを競たりします。

箱根駅伝って聞いたことあるけど、結局どんな大会なの?

例年1月2日・3日に東京~箱根間で行われる大学駅伝大会です。

関東学生陸上競技連盟が主催し、読売新聞社が共催しています。

1920年から続く伝統があって1987年からテレビで中継されるようになったことで、

お正月の風物詩となりました。

出場大学数は、前年の大会で10位以内にゴールしてシード権を獲得した10校、

予選会を通過した大学10校の計20校が参加します。

コースは、東京都千代田区大手町にある読売新聞東京本社前から

奈川県足柄下郡箱根町にある芦ノ湖までの往復計217.1kmです。

往路と復路を2日間に分けて1チームから計10人が走ります。

1区間あたり20.8km~23.4kmですが、一般道を走るためすべてが平地ではないですし、

箱根付近の区間は山道で急な坂を駆け上がったり、駆け下りたりします。

1区~10区の主な難所・見どころは下記のとおりで、

本作はもちろんのこと、実際の箱根駅伝もこれを読めばちょっとだけ観戦するのが面白くなります。

【往路】
・1区(21.3km)「六郷橋」
ほとんど平地の1区は差がつきにくい区間ではありますが、

17km地点の「六郷橋」からはじまる下り坂でラストスパートをかける選手が続出します。

・2区(最長の23.1km)「権太坂」
各校のエース級が集う同区は「花の2区」と称され、

13km付近からの高低差40mにも及ぶ上り坂でレース展開が変わってきます。

・3区(21.4km)湘南海岸沿い、「遊行寺」の下り坂
海岸沿いは景色が良いものの、海風が強いため追い風になったり、向かい風になったりと

その時により状況が異なり、ペース配分も難しい区間です。

「遊行寺」付近にある高低差34mの勾配の急な下り坂では、一気に順位が変動することもあります。

・4区(20.9km)「酒匂橋」からラストの上り坂
計10本の橋がある区間で細かなアップダウンが多く、

15km付近の「酒匂橋」付近とラストの2.5kmにも及ぶ上り坂は勝負の分かれ目になることが多いです。

・5区(20.8km)山上り区間、「大平台のヘアピンカーブ」
高低差864mを一気に駆け上がるという箱根駅伝で一番難しい区間であることから

山上りに特化した選手が起用されます。

特に7km地点の急斜面をU字に曲がる「大平台のヘアピンカーブ」は、

有名な難所でランナーの体力を一気に奪います。

【復路】
・6区(20.8km)山下り区間
ほとんどが下り坂であるため、スピードが出やすく、

また膝への負担が大きい区間であり、

スピードを殺さない度胸と強靭な足腰が必要とされます。

・7区(21.3km)ランナーにしかわからない気温差
山から吹き下ろす冷気で一気に身体が冷える一方、

走行中は朝9時から10時の気温がグングン上昇する時間帯であり、

その激しい気温差がランナーを苦しめます。

・8区(21.4km)湘南海岸沿い、「遊行寺」の上り坂
海岸沿いは3区と同じく海風によりペース配分が難しく、

そこを抜けると同区最大の難所である「遊行寺」の上り坂があります。

この長さ730mにわたる急な上り坂では波乱が巻き起こります。

・9区(最長の23.1km)「権太坂」以降の下り坂
「裏の2区」、「松の9区」などと称され、各校のエース級が走者に選ばれることが多いです。

7km地点の「権太坂」以降の下り坂など、勝負のかけどころがいくつもあり、

優勝争いやシード権争いも加熱する中でドラマチックな展開が期待されます。

・10区(23.0km)アンカーとしてのプレッシャー
みんなの思いが詰まった襷を最後に受け取るアンカーには

想像を超えるプレッシャーがのしかかります。

ビル群によって「風が強く吹いている」日本橋付近が最後の難関です。

アオタケのメンバーはどのくらい速く走ってるの?

本作では、走った距離のタイムや平均ペースなどの数字がよく出てきます。

僕はこの本を読んだ時にランナー歴1年くらいで、週に3日〜4日、月間で計100km程走っていました。

ですので、初心者が走り始めた時の気持ち、

走っている時の気持ち、

そしてアオタケの10人が出すタイムがどのくらいの速さなのかが感覚的にわかったからこそ、

楽しく読めたところもあります。

1km当たりの平均ペースを理解するだけでも見方が全然変わってくると思います。

例えば、一般のランナーであれば、

フルマラソンで4時間を切ればすごいと言われます(ちなみに4時間切りのことをサブ4と言います)。

フルマラソンにおけるサブ4の平均ペースは、1km当たり5分40秒のペースです。

これは、100mを34秒(50mを17秒)で走る計算で、

短距離走としては遅く感じるかもしれませんが、

長距離走となると最後までペースを維持するのが困難なレベルです。

さて、これを踏まえた上で、

アオタケのメンバーが一番最初に計った5000m(5km)の記録を見ると下記のようになります。

名前5kmのタイム1km平均
14分38秒372分55秒
清瀬14分58秒542分59秒
ムサ15分1秒363分0秒
ジョージ16分38秒83分19秒
ジョータ16分39秒103分19秒
神童17分30秒233分30秒
ユキ17分45秒113分33秒
キング18分15秒33分39秒
ニコチャン18分55秒63分47秒
王子33分13秒136分38秒

走と清瀬は、1kmを3分切ってますし、王子を除く他のメンバーも3分台とめちゃくちゃ速いです。

走は1kmを2分55秒で走っていますが、これは100mを17秒(50mを8秒)で走っている計算です。

運動神経がないとされる王子は、この段階で箱根駅伝を目指せるレベルではないですが、

初心者としては普通のタイムです。

めちゃくちゃ悪いというわけではありません。

こうした当初のアオタケのメンバーの実力を頭に入れてから読むと本作をもっと楽しめると思います。

感想

読者によって好きな登場人物は異なると思いますが、

僕が共感したのはアオタケのメンバーの中で一番努力したであろう王子です。

チームでは一番タイムが遅いながら、コツコツと自主練を積み重ねていくところは

仕事が終わった後に、少しの距離でも走ったり、筋トレしたりしてきた自分を重ねて読みました。

後半部分の王子目線で語られるところは、目頭が熱くなりっぱなしです。

特に王子が走り終えた時の王子と清瀬の会話(P420)で涙腺は崩壊しました。

僕にとってランニングは、ストレス解消や健康維持などを目的とした趣味の範囲を超えませんが、

一方で自分と向き合うための手段でもあります。

設定したマラソン大会での目標タイムを達成するために、日々考えながら走るようにしています。

その中で辛い時に出現する”弱い自分”と向き合いつつ、コツコツと練習することで

自己記録を更新した時などにはなんとも言えない達成感を味わえます。

大した記録ではないですが、個人的にはそうしたちょっとしたことが生きがいとなってます。

物語の中で清瀬は「走ることは、生きること」と語っていますが、

人にはそれぞれの人生があるように、各ランナーにもそれぞれの価値観に基づいた走り方があるはずです。

そんなことを感じさせてくれる物語でした。

まとめ

◎ 走る目的とは、ランナーそれぞれの価値観によって違うものです。
◎ 駅伝とマラソンは共にタイムを競う競技で、団体戦か個人戦であるかの違いがあります。
◎ 自分の価値観に基づいた独自のランニングスタイルを理解することでより楽しく走ることができると思います。

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